« 葛根湯を飲んでみた | トップページ | バッテリー交換待ち »

2020年2月26日 (水)

造血幹細胞移植の入院から退院まで

突然の発熱で通院、入院、転院したところからこの病気が始まり、転院先の病院での検査により🏥

・数日に渡り40度を越える発熱
・入院(転院)当日には白血球数が300まで減少していてとても危険な状態
・骨髄検査にて、骨髄液の中に通常は存在しない大きなものが見られる
・自分のマクロファージが自分の血球を食べる(貪食)様子が見られる

という内容が家族にも説明され、この時点で骨髄原発の悪性リンパ腫による血球貪食症候群であることは間違いないとのこと。

 

その数日後、検査機関から生研結果が戻ってきて判明した病名は、骨髄原発末梢性T細胞リンパ腫というものでした。

 

再び家族が呼ばれての説明内容は📝

B細胞性リンパ腫は良くある病気なので治療方針も確立されつつあるものの、骨髄原発のT細胞性は世界的にも例が少なく治療方針が確立できていない・・・この病院でも初めての患者となる・・・
世界中の文献を読んだりこの病気に詳しい九州の大学病院の先生に確認しながら治療を進めていく・・・ただ、良くあるリンパ腫の様に抗がん剤治療だけでは寛解を維持することも難しく、今後も生きていくためには、命に関わる合併症を伴う可能性のある造血幹細胞移植が必須である。

といった、ある意味ショッキングなものでした。

この病気になったはっきりした原因は不明ですが、検査の際に血液中にebウイルスが見つかった様で、寛解していたとはいえ数年間のクローン病治療に使っていた薬品による免疫抑制中にebウイルスが体内に侵入してしまい、自己免疫が対応できずに感染してしまったということも考えられるとのこと。

 

治療の方は急を要すという事で病名が確定する前から開始され、まずは寛解状態に近づけるために初回は黄疸や肝機能低下が見られたのでそれに合わせた投与方法となりましたが、それ以降は抗がん剤3種とステロイドの頭文字から取ったCHOP療法が行われました。

初回こそ長めだったもののその後はクール毎に2週間ちょっとの入院となり、2クール目の治療のあとには外来でPET-CTでの状況確認。

 

そしてこの間、丁度お盆休みに実家に帰省していた妹も病院に来て行ったHLA検査において、その数日後、全合致のドナー候補であるとのありがたい報告書を検査機関から頂くことができました。

このドナーを見つけるのも相当大変だと聞いていましたし、どうしてもの時はリスクを伴う半合致等での移植を行うかもしれないとの話もあったりした中、血縁者から血液型もHLAも資料を見る限り全く同じ全合致のドナーが見つかりました。

私の兄弟はこの妹のみということもあり、その一人が全合致であることは相当運が良いと言われました。

 

その後、同じく3クール目4クール目の治療を行ったあと、移植前の検査のために地元病院での検診も行いました。

5クール目の治療も終わって寛解したとの判断により、数日間のリフレッシュ退院後に今回の移植前準備~移植のための入院となりました。

 

・・・

 

2019年11月28日(木)

移植前準備のため再入院🏥

これまでの数クールの治療時は大部屋で過ごすこともありましたが、今回はいきなり無菌室です。

Isk_a_1

壁一面ヘパフィルターに・・・もしもの時用の酸素なんかもあります。

Isk_a_2

この再入院は11月末でしたが、年末年始もこの部屋で迎えることはこの時すでに確定していました・・・

暫く持参品の設置や片付けをしたりしたあと、いつもの様に採血と検尿があり、午後からは心電図、肺機能、心エコー等の検査を順に行いました。

 

これから数日掛けて免疫力をほぼ無にしていく関係で、結構なものが禁となった病院食が出されます🍴

Isk_a_3

持参していたヤクルトも廃棄となりましたが、こればっかりは仕方ありません💧

 

翌日には、免疫力が低下した際に虫歯等が悪化するといけないということで歯科検診がありましたが、とくに問題ありませんでした💋

 

2019年11月30日(土)~12月1日(日)

週末は先生の状況確認やバイタル確認くらいで治療もとくに無し。

1日数回の体温、血圧等のバイタル確認に体重測定は、自分で計測してシートに記載するようになりました📝

まだ治療が始まっていないので食欲があったり元気だったりしたこともあり、いつもの様に持参したGPD WIN2でFFXIをプレイしたりしてのんびり過ごします🎮

 

2019年12月2日(月)

治療開始に伴い、これまでずっとお世話になっている主治医の先生から今後一緒にお世話になる研修医の先生が紹介されました。

そしてお昼前、首元にカテーテルを使ったルートが設置されました👀

Isk_a_4

初回入院時に続いて今回で2回目となりますが、痛いのは最初の麻酔注射くらいであとは何をされているのか分からない感じ💧

その後レントゲンにてしっかり通っていることを確認します。

 

当初からお世話になっている担当看護師さんが作ってくれたカレンダーを冷蔵庫に貼って日々確認👀

Isk_a_5

2019年12月3日(火)~12月5日(木)

カレンダーにあるとおり、移植前処置の一つである全身放射線照射が始まりました。

この3日間、毎日朝7時くらいと昼14時くらいに車いすで放射線治療室に移動させてもらい、5クール目の治療時に採寸した放射線から目と肺を守ったりもする棺桶の様なアクリルケースっぽい中に入れられます。

この図の様に体とケースの間にはビーズクッションの様なものを詰め込まれ、片面10分間放射線を照射されたあと、クルっと回されて反対側からも10分間放射線を照射されます。

C5_b4

この治療中に何かあるといけないとの事で、朝早いにもかかわらず担当医の立ち合いは必須とのこと。

新婚さんなのに朝早くから来てくれる先生や同じく朝早くから待機してくれる研修医の先生にも感謝しつつ、3日間で計6回全身に放射線照射を受けました。

この処置は、骨髄に残っている悪い細胞を徹底的に叩くためだと聞いています。

ただ、そういった悪い部分だけではなく皮膚の表面や体内の粘膜も傷んでしまうため、肌が荒れたり嘔吐や下痢が酷くなるとも言われました。

この治療中や車いすでの移動中に吐く方もいるらしく、私も移動中はそれ用の容器を持って移動しましたが、この3日間の治療中に吐き気をもよおすことはありませんでした。

 

2019年12月6日(金)~12月7日(土)

放射線治療のあとは、これまでの数クールの治療でも使っていた抗がん剤のうち、量を増やしたエンドキサン投与となります。

各クール時には1450mg/回だったのが、この2日間は4360mg/回だったとメモにあります。

他にもいろいろと同時に投与するため、点滴ポンプは4台に・・・

Isk_a_6

増えた点滴によって、尿ph計測や血糖値計測なんかが増えました。

この処置も、残っている悪いものを叩いたり移植時の拒絶反応を抑えるためと聞いています。

 

2019年12月6日(金)

抗がん剤治療開始日に、今回のドナーとなられるとてもお美しい方が入院されました🏥

このエントリーで書いた通り、HLA検査により完全なる全合致となった妹様です。

何度も書きましたが、本当に運が良いとしか言いようがありません。妹、両親、そしてご先祖様に感謝です。

妹もこの移植に向けた準備として、この病院からの指示で住んでいる地域の病院で検査をして貧血気味の治療をしたり、前もってこの病院にも飛行機で来て担当の先生の検査やお薬を貰ったりして、ドナー登録できる状態にまでなってくれました。

そしてこの日からの入院で再度検査や診察を行い、移植当日までに万全の体調にするとのこと。

この週末は嫁さんも来てくれたので、ちょっとした差し入れを妹のところに持って行ってもらったりもしました。

 

私の方はちょうどこの辺から、放射線治療によるものかエンドキサンによるものかは分かりませんが、粘膜の傷みによりお腹の調子が悪くなっていきました。

何かを食べると吐きそうになるため、病院食は全て停止。

下痢の回数も激増し、12月5日に1回だった便回数が6日には13回、そして7日には23回に・・・

夜も満足に眠れず、寝返りをするだけでお腹がグルグルしてトイレに座って暫くそのまま・・・

8日も23回、9日は少し落ち着いて11回になったものの、カロリー不足や水分不足により点滴が高カロリーのものになったりもしました。

トイレは無菌室内にあって近いものの、嘔吐やトイレの回数的なものもあって昼も夜も眠れないのがつらかった。

この時点では、この辺りが一番つらいものの移植が済めば一気に楽になるんだろうなぁ・・・なんて考えていました。

・・・が、それは大きな誤りでした。

 

2019年12月10日(火)

造血幹細胞移植当日です。

HLAが全合致で血液型も同じ妹さんからの移植なのであまり心配することはないと先生にも言われはしましたが、やはり怖いのが移植時の合併症❗

それを抑えるための免疫抑制剤が前日から始まり、それ以前の処置で私自身の免疫力もほぼ無の状態にまでされています。

移植の方法には骨髄や末梢血幹細胞や臍帯血といった種類がある中、今回は先生の判断により末梢血幹細胞にて行うことになりました。

 

朝から移植担当の看護師さんが来てくれたりして、別室では妹からの造血幹細胞採取が始まりました。

太い針を刺した片腕から抜かれた血液が機械の中に入り、必要な細胞のみを採取しつつ残りは別の腕から戻すという作業を数時間続けます。

この間トイレにも行けずベッドに寝たままで大変だったとのこと・・・

午前中から始めた採取にも関わらず、必要分の準備が出来たのが15時過ぎ・・・お疲れ様でした。

 

そんな大変だった妹からの採取とは異なり、移植はとても簡単なものでした。

先生二人が採れたてほやほやの真っ赤で少し白っぽい造血幹細胞が入ったパックを持ってきて、それを普段から使っている首元のルートから輸注するだけ。

この間、先生は状況を確認してくれています。

この日は嫁さんと末っ子もお見舞いに来てくれ、無菌室のカーテン越しに応援してくれました。

 

入れ始めると直ぐに顔が赤くなり、蕁麻疹っぽいものが出ました。

しかし直ぐに引いてくれて他に問題が無かったので、続けて入れていけました。

その後はとくに異常も見られず全て入れおわり、これで造血幹細胞移植の輸注は終わりました。

今後も強いGVHDが出ないこととしっかり生着することを願いつつ、経過観察等が行われていきます。

 

2019年12月11日(水)

造血幹細胞移植翌日、先生や看護師さんが来るたびに肌の確認等をして発疹や痒みがないかの確認が行われます。

そしてこの日、移植した細胞を生着しやすくするメソトレキセートの点滴が行われました。

この薬も一種の抗がん剤で口内や食道の粘膜を傷めてしまうため、点滴開始30分前くらいから氷を舐めてくださいと言われたのでその通りにしました。

30分程の点滴中も氷を舐め続け、とくに問題なくこの点滴治療も終わりました。

 

2019年12月12日(木)

前日くらいまではそれ程でもなかったのが、この日くらいから急に体に怠さが出てきました。

テレビはもちろんのこと、枕元に置いてあるスマホすら見る気力が無い。

トイレに行きたくてもすぐそこにあるトイレに行くのも怠くて大変。

移植前に行ってきた全5クールの治療の中でも血球数が減ってくると怠くなることはありましたが、それとは比にならないほどの怠さです。

これまでの人生で経験したことのないような怠さ・・・

今回の入院中は自分で体温や血圧を時間ごとに測定して資料に記載していたんですが、それすら出来なくなりました。

 

そんな中、12月6日から入院していた妹がこの日退院となります。

退院前に挨拶に来てくれましたが、あまりにも怠かったので気の利いた感謝の気持ちを伝えることも出来ませんでした。

 

2019年12月13日(金)

この日は、11日に使ったメソトレキセートの2回目の投与日になります。

初回は余裕があったので氷を舐めたりできたものの、この日は怠くてそんな余裕はありません。

また、何の影響か分からないものの再び嘔吐や下痢が酷くなり、この日も下痢の回数が23回となりました。

この後、どんどん怠さは酷くなっていきました。

何をする気力も出ません。

翌日の土曜日には嫁さんと末っ子がお見舞いに来てくれたものの、あまりにも怠すぎて寝てしまい、起きた時には既に帰っていました・・・

 

あとは皮膚の乾燥もあってか、手のひら全体が赤く腫れた様になって激しく痒かったりすることが増えました。

右手の平が痒いと思っていたら今度は左手の甲が痒くなったり、手首から肘までが痒くなったり、足の裏やふくらはぎが痒くなったり・・・

少し痒いと思ってかき始めると、どうにも治まらないほど痒くなる感じ。

先生にも見てもらいましたが、発疹等は無く全体的だったりしたこともあり、皮膚の乾燥かもしれないということで保湿クリームを塗ったりしました。

 

2019年12月16日(月)

この日は、メソトレキセートの3回目の投与日になります。

初回こそ氷を舐めながら投与してもらったものの、2回目はそんな気力もなかったのでそのまま投与・・・やっぱりそれが効いたのか、喉から口の中全体が口内炎のような感じになって痛くて薬を飲むのも大変なほどになってしまいました。

この3回目も怠さから氷を舐めることなく、もうどうにでもなれという感じで投与してもらいました。

その後口内は更に酷いことになり、唇全体が充血して口を開けるのも大変なほどに・・・麻酔入りのうがい薬を出してもらったりもしましたが、それでも痛くてどうにもならない・・・

免疫力が無いという事の大変さを身をもって知ることになりました。

また、採血結果により必要に応じた血小板や赤血球の輸血もこの辺りから始まりました。

 

2019年12月17日(火)

口内が更に酷くなり、痛みでどうしようもなくなりました。

先生に相談したところ、どうしても痛いのなら医療用麻薬を使うことができるという事だったので遠慮なく使ってもらうことに。

使ってもらったフェンタニルは注射器の様なポンプで常時一定量点滴から入れられ、喉の痛みを伴う薬を飲んだりする際には一時的に増量するフラッシュ機能を使ってもらうようになりました。

これのおかげで薬もなんとか飲めるようになり、普段も意識しないほどに痛みを感じなくなりました。

 

2019年12月20日(金)

口内の確認に歯科の先生が来てくれました。

洗浄もしてくれて気持ち良かったものの、まだ治す力が弱いので状況はそれほど変わりません。

下痢気味にもかかわらず検便があったので、カップに少量取って看護師さんに渡しました。

この日は血小板と赤血球の輸血があり、赤血球の輸血時に顔が火照ったので速度を低下して先生が見に来られましたが、しばらく問題が無かったのでそのまま続けました。

先生曰く、血小板の方がいろいろある人が多いとの事ですが、私の場合は赤血球の輸血時にいろいろあるっぽいです。

また、この付近で4回目のメソトレキセートの点滴が予定されていたものの、状況判断からスキップとなりました。

 

2019年12月25日(水)

この日も赤血球の輸血があり、その後お腹が痒くなったのでかいていたらお腹が真っ赤に。

夜担当の看護師さんに報告すると先生や他の先生も集まってきて確認後、GVHDかもしれないので明日の朝皮膚生検しましょうということで帰っていかれました。

その後、看護師さんが経過観察用ということでお腹の状態を撮影に来たものの、その時既に治まってきていたのと翌朝には綺麗な肌に戻っていたことから生検は無くなりました。

皮膚生検、無駄に痛いですからね・・・痕が残りますし・・・

 

また、あまりの怠さに耐えきれなかった移植後にこのしんどいのは一体いつまで続くんですか?と確認したところ、クリスマス後くらいにはマシになっていくかもしれませんと言われたことを思い出しました。

聞いた時には、まだ2週間もこのしんどいのが続くのか・・・と打ちひしがれていましたが、だんだんとその時期が近づいてきました。

 

2019年12月26日(木)

口内の痛み対策に使ってもらっていた医療用麻薬がこの日取り外されました。

 

2019年12月27日(金)

まだ時々手足が痒くてたまらなくなったりはするものの、怠さもマシになってきたので熱めのお湯で洗ったりすると痒みがマシになるのでどうしてもの時はそうしていました。

そして、ここ数回の採血結果にて血球数を確認してくれていた先生から、この日の採血結果にて生着確定という言葉を頂きました。

この造血幹細胞移植で心配だったのは、移植時や移植後のGVHDもそうですが、せっかく移植した細胞が生着してくれないということ。

それが無事生着してくれたということでホッと安心することができました。

ちょこちょこ来てくれる歯科の先生も、日々綺麗になっていく口内状況に驚いていました。

また、これまではほとんど何も口にすることができなかったのが、ちょっとしたものなら食べられる様にもなりました。

ただ、明らかに味覚がおかしいです。

しばらく自分で出来なくなっていたバイタル確認と記載もまた自分でできるようになりました。

 

2019年12月28日(土)

嫁さんと末っ子がお見舞いに来てくれました。

ちょっとした差し入れも貰いましたが、やはり味覚がおかしくて満足に食べられない・・・

ポットがあるのでティーバッグで入れる暖かいお茶が美味しく感じる。

カップ麺でもチキンラーメンやそばの様に麺に味が付いているものはまだマシなものの、普通の麺やうどん系は気持ち悪くてとても食べられません。

また、この頃から採血結果により薬が頻繁に変わるようになりました。

 

2019年12月31日(火)

ちょっとはマシになったもののまだ怠くてテレビもあまり見ないせいか、まったくもって大晦日感はありません。

ただ、この日は消灯時間を超えてテレビを見ても許される日?というのもあったので📺

Isk_a_7

ボーっとしながらこの番組を視聴👀

久しぶりの使えるスマホ画像に、この画像の無い間どれだけしんどかったのかが良く分かります💧

 

2020年1月1日(水)

無事新年を迎えることができ、この日は私の誕生日でもあります。

元日にもかかわらず、担当の先生や研修医の先生は普通に来られていました。

看護師さんは交代制だったり年末年始に見掛けなくなる方も居たりしましたが、先生は土日や祝日も関係なくほぼ毎日いる模様👀

働き方改革的にどうなんだろう?と思いますが、医療現場的に仕方ないのかな・・・本当にお疲れ様です。

 

某所で看護師として頑張っている次女はお休みが無くこの時帰省できなかったものの、丁度帰省していた長女は嫁さんや末っ子と一緒にお見舞いに来てくれました。

やはり嬉しいものです。

 

新年を迎えても、まだ味覚は戻りません。

買ってきてもらったからあげくんを食べても食感のみといった感じで、一緒に飲んだコーラもあまり甘く感じない。

いろいろ食べて確認してみたところ、どうやら甘みをあまり感じないようです。

なので、味のない麺類やごはんがきびしめ・・・逆に、インスタントの味噌汁やコーンクリームなんかは美味しく食べられました。

 

少し食欲が出てきたこともあり、怠さは日々少しずつましになっているのも分かりました。

室内にあるシャワーを利用し、朝っぱらから下半身シャワーを浴びたりするようにもなりました。

 

2020年1月7日(火)

これまでは満足に食べられないという事で、時々差し入れしてもらったものやインスタントのものを食べていただけですが、そろそろ栄養的にも病院食を食べた方がいいとのことで、昼食のみ病院食にしてもらいました。

ごはんは厳しいので主食はうどんにしてもらいましたが、まだ本調子ではないため無理して全部食べると戻してしまいます。

元々味が薄めの病院食ではありますが、味覚的にもまだおかしな感じが残っています。

 

この日位から、毎朝少しずつかっぱえびせんを食べるようにしました。

最初は塩味も微妙で変な味しかしなかったのが、日々続けているとだんだんと味覚も戻り普通のかっぱえびせんの味に近づいていくのが何気に嬉しく毎朝の楽しみになりました。

 

この後も週に3回採血を行い、血球数の確認やそれ以外の状況から点滴量を調整したり飲むお薬の変更や調整をしたりするのが続きます。

ただ、いろんな検査のためか毎回5,6本分も採血されるので血が無くならないか心配💧

 

2020年1月11日(土)

そこそこ食欲も出てきていろいろ食べられるようになったという事で、これまでの栄養豊富な黄色い点滴がビーフリードに変更となりました。

昼食も主食のうどんに飽きてきたのでにゅう麺に変更してもらいましたが、これまた微妙。

味覚も戻りつつあるということで、その後おにぎりに変更してもらいました。

まだ病院食は昼のみで、朝と夕は一緒に飲む薬の影響もあるので吐かないようにちょっとした物しか食べていません。

それでも先生曰く、移植後のこの時期にしては良く食べられている方ですとのこと。

 

2020年1月14日(火)

採血結果にて急に肝臓の数値が悪くなっているという事で、腹部エコーや肝胆膵の先生による診察がありました。

とくにおかしなこともなく肝臓の血流も良いため、おそらく飲んでいる薬による影響でしょうとのこと。

先生方で相談して薬の見直しが行われ、その後の採血で少しずつ改善していくのが見られました。

 

2020年1月23日(木)

暫くは、採血結果によってのお薬調整や日々のGVHD状況確認くらいの変わり映えのない毎日が続いていましたが、この日突然先生から、骨髄検査を行うと言われました。

ちゃんと移植した造血幹細胞に置き換わっているか確認するためとのこと。

痛いのが分かっている中、心の準備ができていません・・・と言ってもどうにもならないのでお任せすると、やっぱり痛い麻酔注射のあと、骨髄に向けて針が進んでいきました。

液を吸われる時の嫌な感触・・・2本分・・・

ただ今回は細い針の方だけで終わり、これまで2回やられた太い針をゴリゴリ進めていく生検用の採取はありませんでした。

 

そしてこの日、血球数も回復してきたこともあり、そろそろ無菌室から出ましょうか?というお話もありました。

試しに看護師さんと久しぶりに廊下に出て少し歩きましたが、若干の立ち眩み。

まだトイレ回数が多いので出来ればトイレの近い無菌室に居たかったものの、他の患者さんが来るとなると話は別です。

 

2020年1月24日(金)

朝、師長さんが説明に来て下さり、午後から部屋の移動となりました。

午前中はいつもの採血があったり採血結果の説明があったりした後、昼前から片付け開始・・・

Isk_b_1

約2ヵ月ぶりに無菌室から出て大部屋(4人部屋)に移りました。

この病棟のほとんどの患者さんは繰り返しの治療を行っている関係で、一旦退院したりまた数日後に戻って来たりというのを繰り返している人ばかりなので、あまり会話はしないものの皆さん知っている方。

部屋移動時にはまだ嘔吐や下痢があったので、遠くなったトイレに行く際に点滴ポンプを押して小走りしていると看護師さんに怒られたりもしましたが、こちらも暫くすると落ち着いて行けるようになりました💧

 

またこの頃になると、あれだけ痒くなることのあった手足が何ともないようになりました。

見た感じ肌の乾燥度合いは何も変わっていないので、あの痒みは乾燥から来るものではなく一種のGVHDだったのかもしれないと先生ともお話したりしました。

 

血球数や好中球の増加もあって、これまで禁止となっていた乳酸菌関連が解禁になったのもこの頃です。

元々処方されていたビオスリー以外にも、ヤクルトを始めビフィズス菌を再び飲むようにしたところ、お腹の調子がみるみる良くなっていきました。

 

その後も週3回の採血が行われ、その度にお薬が変更となったりするくらいでとくに変わりのない毎日が続きました。

毎朝状況確認に来て下さる先生にも、「どうですか?」の質問に「健康です!」と返事出来るほどに。

退屈かもしれませんが、順調な証拠です」というありがたい言葉も頂き、暇なときにはFFXIをやったりして過ごすようになれました。

 

2020年2月4日(火)

そろそろ退院が見えてきたという事で、先生の判断によりリハビリが開始されました。

お昼前に別館にあるリハビリセンターに行き、受付後、担当の先生による診察🔍

とくに必要なさそうだけど今日の午後から歩きましょうということになり、その後リハビリ担当者が部屋に来て問診がありました。

続いて、片足立ちを交互にやったり抑えられた足を動かしたりして現状の筋力の確認が行われ、無菌室に居た時から動けるときは自分なりにちょっとした筋トレをしていた関係もあってか筋力は普通にあるとのこと。

その後ストレッチを行い、廊下に出て腿上げ等を行った後、廊下を2往復してこの日のリハビリは終わりました。

また、これまでは昼食のみだった病院食を、この日から夕食にも出してもらうようにしました。

 

2020年2月5日(水)

この日も15時にリハビリセンターに行き、まずはストレッチを行いました。

筋力はあるとのことだったので持久力や心肺機能を高めるためにエアロバイクをやってみることに・・・

最初から無理はできないということで10分間弱めの負荷を掛けたりクーリングしたりしながらやってみました。

ベッドから起きたりトイレに座ったりするだけで心拍数が驚くほど上がることもあったので心配していたんですが、ペダリングしているときの心拍数は130程で安定・・・何となく安心できました。

しかし、無理なく10分程ペダリングしただけなのに、その後4,5日は激しい筋肉痛でリハビリもお休みすることになりました💦

衰えを感じます。

 

2020年2月10日(月)

昨年の12月頭に設置して長い期間使っていた首の点滴ルートが撤去されました。

これと同時に点滴もなくなるのなら最高だったんですが、まだしばらく点滴が必要との事で・・・

Isk_b_2

左腕に新たなルートが設置されました。

私の腕は血管が見えづらかったりして点滴針を刺すのが難しいと評判💧

この時も看護師さんや先生が入れ替わりながら失敗を繰り返し、4回目になんとか成功しました。

 

2020年2月13日(木)

もう点滴も不要ということで、上で設置された左腕のルートも撤去されました。

数ヵ月ぶりに点滴が外されとても身軽に・・・この時の解放感は最高です。

15時にリハビリに行った後、戻ってきて久しぶりの入浴♨

とても気持ち良かった🎵

点滴が無くなったことにより食欲も増し、味覚もほぼ戻っているのでいろいろと食べられる様にもなりました。

また、来週頭の採血結果により退院日を決めるとのお話もありました。

 

2020年2月17日(月)

朝に採血があり、その結果にて退院日が確定となりました。

先生曰く、本当に順調すぎる回復とのこと。

無菌室に居たころ良く会話していた掃除のおばちゃんに退院日が決まったとお話しすると、本当に早い!○○さんより前に移植した方はまだ無菌室から出られていない。凄い!良かったですね!と喜んでくれました。

そういう話を聞くと嬉しい反面、暫くの手足の痒みくらいで大したGVHDも出なかったしこれはこれで大丈夫なのかな?早すぎるっておかしなことなのかな?と少し心配になってしまったりもします💧

 

退院日前日の窓からの景色📷

Isk_b_3

昨年11月に移植のための入院をしてから3ヵ月弱・・・移植後の大変だった期間のことも思い返したりします。

 

また今回の入院の際🏥

無事に移植はできるのか、移植できたとしてしっかり生着できるのか・・・そして合併症は出ないのか・・・

もしかしたら強い合併症が出てもう家に戻ることも出来ないかもしれない・・・最悪、死んでしまうかも・・・

そんな心配もしたりしていました。

退院前に先生にもちょっと確認してみたところ、珍しいリンパ腫の患者(しかも治療に面倒そうなクローン病持ち)が飛び込んできたときにはどうしようと思っていたみたいですが、思いの外簡単にここまで来たので驚いているとの事でした。

 

これも運の良さから来るものでしょうか?

前の病院からの転院でこの病院が選ばれたこと、その際の担当医が今回の先生になったこと、お手伝いをして下さる研修医も素晴らしい方だったこと、担当の看護師さんをはじめ他の看護師さんも毎日素晴らしい対応をして下さり、安心して治療、療養できたこと。

仕事面での不安も、常務から暖かい安心できるお言葉を頂いたり、皆さんの頑張りにより余り意識することなく療養できたこと。

運よく全合致のドナーとなった妹も頑張ってくれたことにより、移植、生着できて大したGVHDも出なかったこと。

忙しい中頻繁に来てくれたり家のことをやってくれるしっかりした家族が居たこと。

しばらく寛解だったもののいずれ再燃してしまうかもしれないと心配していたクローン病も、今回の造血幹細胞移植による免疫リセットにより無になったこと。

 

この病気になったこと自体は不運なことかもしれませんが、いろいろ考えてみると、もしかしたらとても幸運なのでは?とも思えます。

そんないろいろなことを考えつつ、退院の時を待ちます。

 

退院日前日には、いつも元気な担当看護師さんが退院後の食事に関する資料を作って持ってきてくれました。

Isk_c_1

退院後はお寿司が食べたくて仕方なかったんですが、必ず守れと書いているので守るようにします💦

 

看護師さんによって内容が記入された造血細胞移植患者手帳も持ってきてくれました。

この手帳を読むと少々怖いことも書かれていましたが、外来診療時に先生の言われることを良く聞き、真面目に治療を続けていくしかないようです。

また、免疫リセットにより、これまでに受けてきたワクチン等も無になっているとのこと。

移植後の期間や状況を見ながら、四種混合や麻疹、風疹、おたふくかぜ、水ぼうそうなんかのワクチンを順次接種していく必要がありそうです。

 

2020年2月19日(水)

退院日です。(退院日のエントリー)

朝から部屋の片づけを行い、平日にお休みを貰った嫁さんが迎えに来てくれたので、それなりに挨拶をして退院となりました。

久しぶりの自宅・・・上でも書いた様に今回の入院前にはもう戻ってこれないかも?と思うこともあったので、いろいろと感慨深いものがありました。

 

ただ、自宅に戻ってじっとしているだけなのに、別エントリーでも書いた様にあっという間に風邪気味になってなかなか治らない状況に・・・

免疫抑制中というのもありますが、もっと気をつけて生活しないといけないと改めて思いました。

 

・・・

 

今回の入院による、移植前処置、造血幹細胞移植実施、経過観察、生着確定、そして退院までの経緯はこんな感じになります📝

スマホメモから起こした読みづらい日記みたいになってしまいましたが、時々読み返しつつ補足や修正をしていくかもしれません。

何人の方の参考になるエントリーなのか分かりませんが、時々自分でも読み返して大変だった頃を思い出し、もうこうならなくていいように日々油断せず過ごしていければと思います。

 

仕事を含めた社会復帰まではもう暫く掛かりそうですが、自宅療養の現状を見直して今回のようなちょっとした風邪気味にならないことはもとより、しっかり指示通りの免疫抑制を行って余計なGVHDが出ないようにし、日々の体調や状態変化に気を付けつつ、外来診療や自宅療養を続けて更に健康になっていきたいです。

ここまでは運が良いと思える状況が続いていますが、数年後にも本当に運が良かったと思いながら元気に過ごせていると嬉しいな🎵

« 葛根湯を飲んでみた | トップページ | バッテリー交換待ち »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 葛根湯を飲んでみた | トップページ | バッテリー交換待ち »